最高裁判所第一小法廷 昭和52年(オ)1111号 判決 1978年6月29日
上告人
宮本朝子
右訴訟代理人
青木正芳
被上告人
協同組合日専連仙台会
右代表者
伏見亮
右訴訟代理人
渡邊大司
主文
原判決を破棄する。
本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人青木正芳の上告理由について
原判決は、訴外宮城地所株式会社(旧商号株式会社菊礼興業。以下「宮城地所」という。)は、その所有の本件建物につき、訴外永島繁満に対する債務を担保するため根抵当権を設定し、その旨の登記を経由していたところ、右根抵当権の実行により、昭和四三年四月二二日競売開始決定があり、同日競売申立記入登記がされた、との事実を確定したうえ、上告人は、本件建物につき設定された最先順位の抵当権に対抗しうる訴外本田幸輝の賃借権を、その適法な譲受人である訴外南進から、更に賃貸人宮城地所の承諾を得て譲り受けたとの上告人の主張につき、上告人が宮城地所から賃借権譲渡の承諾を得たのは競売申立記入登記後のことであり、右承諾は競売開始決定の差押の効力により禁止された処分行為にあたるとして、上告人は、競売により本件建物の所有権を取得した被上告人に対抗しうる占有権原を有しない、と判断しているのである。
思うに、競売開始決定当時目的不動産につき対抗力ある賃借権の負担が存在する場合において、競売開始決定により差押の効力が生じたのちに貸貸人のした右賃借権譲渡の承諾は、特段の事情のない限り、右差押の効力によつて禁止される処分行為にあたらず、賃借権の譲受人は、競売申立債権者ひいて競落人に対する関係において、賃借権の取得をもつて対抗しうるものと解するのが相当である。けだし、競売開始決定の差押の効力は、競売開始時における目的不動産の交換価値を保全するため、債務者ないし目的不動産の所有者の処分権能を制限し、目的不動産の交換価値を消滅ないし減少させる処分行為を禁止するものにほかならないところ、賃借権の譲渡に対する賃貸人の承諾は、その承諾に伴つて賃貸借契約の内容が改定される等特段の事情のない限り、これによつて賃借人の交替を生ずるにとどまり、他に従前の賃貸借関係の内容に変動をもたらすものではないから、右承諾は、目的不動産に新たな負担又は制限を課するものではなく、目的不動産の交換価値を消滅ないし減少させる処分行為にあたるということはできないからである。そうして、競売開始決定の目的不動産について他に先順位の抵当権が設定されている場合には、右抵当権は、競落の効果として民訴法六四九条二項又は競売法二条二項によりすべて消滅するものであるから、右不動産について存在する賃借権は、最先順位の抵当権を基準とし、これとの優劣により、その対抗力の有無を決すべきものである(最高裁昭和四四年(オ)第一二一一号同四六年三月三〇日第三小法廷判決・裁判集民事一〇二号三八一頁参照)。
そうすると、本田の賃借権の存否及びこれと最先順位の抵当権との優劣等を顧慮することなく、賃貸人宮城地所の賃借権譲渡の承諾が競売開始決定の差押の効力発生後にされたとの理由のみによつて本件建物の占有権原についての上告人の主張を斥けた原判決は、競売開始決定の効力に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。
よつて、原判決を破棄し、本件はなお審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すべく、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(団藤重光 岸盛一 岸上康夫 藤崎萬里 本山亨)
上告代理人青木正芳の上告理由
原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の違背があるので破毀されなければならない。
一、原判決は、上告人(=控訴人)の「自己の本件建物の賃借権は、本件建物について設定登記されたすべての根抵当権者にその賃借権と対抗しうるもの、すなわち、すべての根抵当権設定登記前に賃借、引渡を受けたものを適法に譲渡を受けたものである。したがつて、その競落人である被控訴人(=被上告人)に対しても対抗しうるものである。」との主張に対し、
「かりに本件占有部分に対する控訴人の占有権原が控訴人主張のような事由に基づくものであるとしても、本件建物について前示のように昭和四十三年四月二十二日競売手続開始決定がなされ、同日その旨の競売申立の登記がなされたことは当事者間に争いがないのであるから、控訴人が訴外南進から本件占有部分の賃借権を譲り受け、これについて前所有者である訴外会社の承諾を得たのは、右競売手続開始決定の後(控訴人主張によれば昭和四十七年三月十八日)であるということになる。そして抵当権の実行による競売手続開始決定があり、その旨の競売申立登記のあつた後に、当該競売の目的である建物の所有者が、その建物の賃借権の譲渡に承諾を与えたとしても、その譲渡の承諾は、競売手続開始決定の差押の効力により禁止された処分行為として、その競売における競落人に対抗することができないと解すべきであるから、控訴人の右抗弁は、理由がないというべきである。」
と判示し、これを却りぞけ、控訴を棄却した。
二、しかし、右判示は、民事訴訟法六四四条二項の解釈を誤り適用したものである。
右法条は、対抗力ある賃借権につき競売申立の記入登記後になされた譲渡の承諾は有効とする趣旨で解されなければならない。
この点につき、東京地裁昭和三七年一二月二九日判決は(判例時報三二五号二六頁)次のように判示する。
「抵当権の実行による競売申立の登記後に行われた借地権の譲渡の承諾が競落人に対抗し得るかどうかを考察する。強制競売においてもまた任意競売においても競売開始決定に差押の効力すなわち、目的物に対する処分禁止の効力が認められるのは、競売開始により国家が競売申立人のため、目的物の処分権を取得し、その交換価値を競売開始時の状態において保持し、この交換価値をもつて差押債権者の債権の満足を図ろうとする趣旨から出たものであることは明らかである。したがつて、競売開始による差押後に債務者が目的物についてした行為が、民訴法第六四四条第二項により許される『利用及管理』行為にあたるか、それとも、差押の効力により禁じられる処分行為にあたるかは、その行為が、競売開始決定当時における目的物の交換価値を減少するものと認められるかどうかにより決せられるものと解すべきである。ところで、同法第六四三条第一項第五号は、賃貸借の目的となつている不動産につき強制競売を申し立てるに当つて添付すべき賃貸借に関する証書に掲げられるべき事項として『期限並ニ借賃及ヒ借賃ノ前払又ハ敷金ノ差入アルトキハ其額』を要求しているにとどまり、賃借人の表示を要求しておらず(したがつて、同条第三項に基づき執行吏の作成すべき賃貸借取り調べ調書にも賃貸人を表示することは法律上要求されていないものと解される。)または同法第六五八条が競売期日の公告に掲ぐべき賃貸借契約の内容に関する事項として、同様の項目を要求しているに過ぎないこと等から推せば、民訴法は、賃貸借の目的となつている不動産の強制競売においては、賃貸借契約における主観的要素すなわち賃借人が何人であるかということを度外視して、もつぱら、客観的契約内容による賃貸借の負担のある不動産として評価される目的物件の交換価値を眼中におき、公売によつて現実化される。この交換価値をもつて差押債権者の債権の満足を図ろうとしているものと解さざるを得ない。してみると、競売開始による差押によつて、差押債権者のために保持される目的物件の交換価値とは、とりもなおさず、賃貸借契約における主観的要素を度外視した、契約の客観的内容による賃貸借の負担のある不動産としての交換価値にほかならないと解されるので、競売開始による差押後に債務者が目的物件につきした行為が、右の交換価値を減少するものでない限り、差押債権者、したがつて競落人にその効力を対抗し得るものというべきであり、任意競売についても、同様に解すべきである(競売法第二四条第五項、第二九条第一項参照)。この見地から考えれば、競売開始決定当時に目的不動産につき対抗力ある賃借権の負担が存在する場合には、競売開始による差押の効力が生じた後に右賃借権の譲渡につき承諾が与えられたとしても、この承諾は、競売開始決定当時における目的物件の交極価値を減少する行為とは目されないので、右承認は差押によつて禁止される処分行為には当らないものと解するのが相当である。」
そしてこの判決は、
「不動産の競売は競売開始当時における目的物件の客観的な交換価値を把握してこれを債権の弁済に供することを目的とするもので、目的物件に賃借権が附着している場合も実定法上主観的要素はこれを無視する建前がとられているのであるから、当該借地権が対抗力を備えているものである場合は差押登記後の譲渡も有効で民訴六四四条二項の『利用及び管理』行為にあたるとして、その所以を詳述したもので法規をふんまいた明晰な判決である。」
と評されているが、当然である。
仙台地裁第二民事部昭和五〇年三月三一日判決も、同種案件について
「ところで、民訴法六四三条一項第五、同法六五八条第三に賃借人の表示を要求していないことからすると、民訴法は賃貸借契約における主観的要素すなわち賃借人が何人であるかということを度外視して、もつぱら客観的契約内容による賃貸借の負担のある不動産としての交換価値を眼中におき、これをもつて差押債権者の満足を図ろうとしているものと解されるから、競売開始決定による差押によつて保持される目的不動産の交換価値も右のような客観的内容による賃貸借の負担のある不動産の交換価値であるというべく、このような交換価値を減少するものでない限り、差押債権者従つて競落人にその効力を対抗しうるものと解するのが相当である。
そうすると、右差押後の譲渡につき承諾がなされたとしても、右のような開始決定当時の交換価値を減少する行為とはみられないので、右承諾は差押によつて禁止される処分行為には当らないものと解される。」
と判示しているが、これらの解釈が正当である。
もし、原判決判示のように解するならば、甲第二号証に明らかなとおり、訴外本田幸輝が、賃借権を有しており、敷金三六万円、保証金一二〇万円が所有者に納められているという事実を前提に、本件建物を競落した被上告人が、これら競落物件に賦課されていた負担を不当に免れることになつてしまう。
このような解釈が正当であろう筈はない。
三、原判決の右の法令解釈適用の違背を速やかに改めるべきことを求める。